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アメリカなどあちらの国の人はユーモアやジョークなどを上手に話して笑いをとっていますね。確かに日本人は生真面目で笑いを話しに入れるのはあまり得意ではないように思えます。 でも落語というプロの話し手はユーモアや笑い話を見事に駆使しています。ここでは江戸小咄や艶笑落語のお色気ネタを巧みに使った笑い話や一般的な笑い話、ユーモア、ちょとHな短歌を掲載していきます。日本人の笑い話を楽しんでください。西洋小咄も追加しました。
お色気と笑い話 その1
洋の東西を問わず笑い話としての小話は、お色気の話と密着な関係にあるようです。人は皆、性に関してはどこかに覗き見的な嗜好性と独自の異常性を持っているのですが、お色気にまつわる笑い話は、そうした内に秘めた独自の嗜好性や異常性を満足させ、実際の行動には結びつけない一つの安全弁としての働きを持っているように感じます。お色気笑い話を読むことによって、自分の衝動を転化し浄化する働きがあるのかも知れません。 殿さま、家来をひそかに呼び、 「おれは、くだんのやりかたを知らぬが」 と、おおせければ、 家来 「では、ご指南もうしあげましょう」 「そんなら教えてくれ」 家来 「さようならば御前は恐れながら、物かげよりごらんあそばしませ」 と、屏風を立て、その陰に殿おすわりあり、屏風のこちらにて、十四,五なるお腰元を呼びだし、御意なりと言い聞かせて、殿に見えるようにいたせど、まだはじめてのことゆえ、思うようにならず、たびたび指につばをつける。 ・・・殿つくづくごらんあって、 「なにもかも知れたが、ときどきひろって食うものはなんじゃ」 これなども読者の覗き見的な嗜好性を満足させ、笑うことでモヤモヤとした衝動を浄化させて解放させる働きがあります。お色気笑い話はまさに私たちの心の健康を保ってくれています。
お色気と笑い話 その2
お色気笑い話には比較的に露出症的な内容が多いものです。そもそも性的な読み物に興味をもつこと自体が露出症的です。露出症には「のぞきたい」と「見られたい」という二つを併せ持つ傾向があるように思えます。どちらかと言うと男性に「のぞきたい」という傾向が強く、女性は「見られたい」傾向が強いと言われています。 男性が見せる部分は男性のシンボル以外にはありませんから、道徳的な機制で容易には「見られたい」衝動はかなえられません。それに比べて女性は男性に比べて、露出に不便ですから、いきおい露出趣味を身体全体で表します。ミニスカートでこれ見よがしに歩くのも、おっぱいを突き出して見せるのも、一種の露出症的趣味であると思いませんか。女性が「のぞきたい」よりも「見られたい」欲求が強いとすれば、むしろ露出は女性のものであるとも言えます。 お色気笑い話は「のぞきたい」という欲求をかなえるには恰好の材料です。しかもエロ小説と違って異常な興奮を与えません。最後のオチで笑いをとり、心をスカッとさせてくれます。またお色気の笑い話に、自分の隠れた性的衝動を重ね合わせますので、「見られたい」欲求も間接的に笑いと共に満たしているように思えます。 ご婦人用
料理屋で、いささか着こしめしたイギリス紳士、用がたしたくなり、地下室の便所へおりてゆき、番人のばあさんがとめるのも聞かず、婦人便所へ飛びこんだ。 「もしもし、そちらではございません」 と、ばあさんが大声をあげる。 イギリス紳士はそれにはかまわず、ゆうゆうと用をたしつづけた。ばあさん、たまりかね、 「それはご婦人用でございますよ!」 イギリス紳士、そのかっこうのまま、グルリとばあさんの方へ向きを変え、 「もちろん、これはご婦人用さ」
お色気と笑い話 その3
お色気笑い話の特徴としては、ノーマルなお色気話よりアブノーマルな話が圧倒的に多い気がします。もちろんその方が笑い話としては受けるからでしょうし、創り易いからでもありましょう。と同時に作者の潜在的興味がアブノーマルの方にあるからだとも言えましょう。またそれを読む読者の興味もそこらあたりにそそられます。 日常的に禁止されている本音や抑圧を、笑い話はいとも簡単に表現していますから、読む側は何の抵抗もなく、笑いで発散できます。それがお色気笑い話の優れた一面ではないかと思います。  女性の抑圧された願望のひとつに強姦空想があると言われています。そこを描いたヨーロッパの笑い話です。 花ぬすびと
ある未亡人の家に押しいった賊が、よくよく、その女を見ると、なかなか捨てがたい風情なので、ムラムラッとなり、行きがけのだちんとばかり、失礼して、立ちさろうとすると、未亡人が、 「泥棒・・・・」と一声。 賊はふりかえって、 「なんだ!」 「こんど、いつきてくださる」
お色気小咄塀の子
えー、ごくお古いおはなしで・・・・。 さるお旗本のお屋敷がナ、こう、となり合わせにございまして、この両家の下男と下女が、いつしか割りない仲となりました。 只今と違いまして、”不義はお家のご法度(はっと)”なんてことをいって、大変やかましい時代でございますから、逢瀬をたのしむなんてえことは容易じゃァない。 いろいろ考えたあげく、両家の境ンところに塀がある。その塀にナ、手頃な節穴がありますから、男のほうがコレを通して、双方その品物を接触し合っては楽しみにしている。 くわしくいえば、野郎のほうが、いきり立った長いのを、その穴からヌーッと出す。こっちのほうで、女のほうが自分の穴で、そいつをスポーッとうけとめるという・・・・。まァ、生活の知恵ですナ。  いつの時代でもそうですが、使用人てえものは、主人の用事なんぞで、そうそう自分の思い通りにはゆかないもので・・・・。 あるとき、打ち合わせの時刻にナ、突然お姫さまが、お庭の散歩に来合わせる。下女はびっくりして、あとへ下がりましたが、そんなことァ知らない下男は、いつものように、張り切った品物ォつん出して、今や遅しと待ちかまえる。 下女はアッと思ったが、もっとおどろいたのはお姫さまです。なンしろ、深窓育ちで、男のそんなものは、見たこともない。 「これ、あそこに生えている、あの異様なものは、なんじゃな?」 「ハ、ハイ、あれは・・・・」 こりゃァ、正直にいう勇気は出ませんから、くるしまぎれに、 「キノコの一種でございまして・・・・」 「キノコの一種? して名前は?」 「ハイ、木に生えるのはキノコでございますが、あれは塀に生えておりますゆえ、ヘイノコと申します」
定本艶笑落語 小島貞二編より
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